昨日の夜、急にぱちりと目が覚めて、
それから何時間も眠れなかった。
諦めて本を読もうかと、電気を
ぱちりとつけたが、やはりそういう
気分でもない。

いろいろなこと。

オーディションのこと
卒業試験のこと
将来のこと
ヴァイオリンのこと
人生のこと
引越しのこと
今まで出会った人たちのこと
今弾いている曲のこと
両親のこと
遠く日本のこと
ここドイツのこと
今読んでる本のこと
最近観た映画のこと

いろいろなことをぐちゃぐちゃに並べては
ぐるぐる漠然と思い浮かべては寝返りをうった。

旅をしていたら、ある友人の家に
辿り着き、実はそこがフランスで、
もう今からじゃ今日中にはドイツには
帰れやしないよと、言いつつも
その友人がわざわざ駅まで行って
切符を買ってきてくれて、
それを手に電車に乗ったけど
パスポートが無くて国境が越えられない

というところで目が覚めた。
夢というのは不思議だなぁ。

肉が食べたい気分で、大好きな大きい
ハンバーガーを食べて、
練習もたっぷりしたけど
何となくふわふわした1日だった。

結局、仕事をしていないと、
余計なことばかり考えるんだろうな。
社会から必要とされている、
やることが沢山ある
というのは、本当にいいことだ。


友人が、ついに仕事をゲットした。
本当に本当に自分のことのように嬉しい。
彼女に対しては、間接的にではあれ、
オーディションに関して嫌な事を言って
しまった経緯があるし、ずっと気になっていた。
彼女が今にいたるまでの道も、苦労も
聞いていたから、本当によかったなぁ!と
その知らせを聞いたとき、感動した。

オーディションというのは、本当に
精神的に強くなくちゃやっていけない。
何を言われようと、どう判断されようと
自分の音楽は、これだ!というのを
はっきりと提示できるだけの強さ。
そこに至るまでの積み重ね。自分との闘い。
何時間ことこと電車に乗っていって
場合によっては、何時間と待たされて
やっと自分の番が回ってきて、
そのわずか5分で、自分の持っているものを
出し切る集中力とパワー。

だめだだめだといわれても、
自分を信じる力。

今までに私が言われてきたこと
「そんなんで、音大に行こうと思ってるの?」
「ピアノの方が、全然うまいね」
「あきらめた方がいいよ」
「この曲は、君には一生弾けないと思うよ」
「もう十分だ。(試験でとめられた)」

本当に私はヴァイオリンコンプレックス。
ピアノは、小さいときから大好きで、
いつも自分が自然でいられた。
ただ好きで普通に弾いている事が、
人に褒められたりした。
ついていた先生が留学してしまったり、
色々なことが重なり、私はヴァイオリンを選んだ。
大学受験までの何年かは、死ぬほどさらった。
弾くか、寝るか、食べるかの生活だった。
何とか入った大学でも、何となく
いつも劣等感を持っていた。


大学1年のときに、PMFという札幌の
オーケストラフェスティヴァルに行った。
世界中から集まってきた同年代の
奏でる音の世界に、胸が震えた。
誰もが、音楽が大好きでたまらない!
という気持ちで溢れていた。
オーケストラは何て素晴らしいのだろう
音楽は何て素晴らしいのだろう
と、心から感動した。
あの時から、私はオーケストラで
弾くのが大好きになった。

苦手なヴァイオリンも
不思議とオーケストラの中だと
のびのびと自由に弾けた。

こうして選んだ道を後悔はしていない。
こうして弾いていられることを幸せに思う。
ただ、たまに突然恐くなるのだ。

どんなに苦しくても
やっぱり私はヴァイオリンと一緒に
今まで生きてきたのだよなぁと思う。
もう逃げてはいけないよなぁと思う。
ヴァイオリンからも自分からも。
自分で選んだ道。コンプレックスから
抜け出す答えはきっと自分でしか分からないし、
自分でしか越えられないことなのだろうな。

皆が皆それぞれにそれぞれの道で
迷ったり悩んだり苦しんでいるはず。
自分で自分に悲観をしたり、
自分で自分に甘んじたりするのは、
もう卒業しないと。


音楽と闘わない
楽器と闘わない
よきもわるきも否定しない
人と比べない
自由であること
とらわれないこと



いろいろなことから、何となく逃げ出したいような
そういう気持ちだった今日、友人の朗報は、
私に元気をくれた。



今日の言葉*
「自分の感受性くらい自分で守れ!」
(茨木のり子)
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# by yurunikki | 2007-01-29 23:21
先日あるオーディションで言われたこと。
「よかったよ。繊細できれいにまとまっていた。
でも、何ていうのか、小さかったなぁ!」


背ではなくて…笑
所謂「スケールの大きさ」かな。
余裕があるダイナミックな演奏を
目指したいものだ。


scaleという言葉を辞書で引いてみると、
語源の違いから三つあった。

①ラテン語;scala  はしご、階段
②古ノルド語;skal  はち、てんびん
③フランス語;eskale  殻、皮 


①目盛り、ものさし、段階、階級、尺度、音階
②てんびん(の皿)
③鱗、殻、麟片

①で考えるべきなのだろうが、
何となく私は、②が気になった。

天秤の皿を大きくすること
→レンジを広げること。幅を広げること。
(分銅を限りなく重くしていくこと軽くしていくこと)

天秤にかけることそのもの
→比較することそのものの重要性





スケールが大きいといえば、
葛飾北斎の「富嶽三十六景」より神奈川沖浪裏
ドビュッシーがこれを元に「海」を作曲。
↓Tsunami??(笑)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Tsunami_by_hokusai_19th_century.jpg

なんと斬新な見事な構図。
正に瞬間を切り取ったような臨場感。
今にも大波が動き出しそう。
今にも舟が飲み込まれそう。
今にも荒波の音が聞こえてきそう。

化け物のような大波と
遥かかなたに見える富士山。
試しに富士山を手で隠してみると、
波が不思議と小さく見える。


dynamic ⇔static
動的    ⇔静的
大波    ⇔富士山
ff      ⇔pp
grob   ⇔fein
gross ⇔klein


器の大きさ
空間の広さ
音の大きさ


細かい事を気にしないのではなく
細かい事にとらわれないということ



それにしても葛飾北斎は、すごい人だったようだ。
90歳まで、絵を夢中で描き続けた。
生涯になんと3万点の作品を生み出した。
例えば15歳から始めたとして
1年につき400点。
1ヶ月につき30点以上。
つまり1日1枚もしくはそれ以上。
えらいこっちゃ。

「遮二無二」の大切さ。
そこから見えてくるもの
生まれてくるもの。
質より量。量から質へ。

>93回に上るとされる引越しの多さも有名である
(一日に3回引っ越したこともあるという)。
これは彼が絵を書くことのみに集中し、
部屋が荒れれば(あるいは汚れれば)
引っ越していたからである

「部屋が荒れれば引っ越す」とは、
いいアイディア。真似ができたらいいものを。



葛飾北斎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%96%8E

今日の言葉*
「餘の筆よりは命なき一點一畫も出でざる可し
(たとえ点でも生命のない点は描かないようにすること)」
「あと十年生きたいが、せめてあと五年の命があったら、
本当の絵師になられるのだが(89歳の時)」
(葛飾北斎)



a0025497_8274996.jpg
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# by yurunikki | 2007-01-28 08:24
2000年問題ならぬ2007年問題
というものもあるそうだ。
団塊の世代、700万人もいるのか。
えらいこっちゃ。
http://loan.money.jp.msn.com/special/word/latest.html


おとといのオーディション。
変に緊張してしまった。
雑念ばかりが浮かび、集中できなかった。
集中しようしようとすればするほど集中できず
脱力しようとすればするほど脱力できず。

最早、指先も柔らかくなく、冷たく
「思ったら指がそこへいく」
あの感じが持てなかった。

モーツァルトのD-Durの出だし、
ミレーレッレレッレ
レーッファ「ら゛(音程狂いすぎ)」ッファ

…。「ら゛」ってあなた。しっかりしてください。
ほんと、有り得ん。あれだけ練習したでしょーに。
結局出だしのミスに、自分で自分に
びっくりして、ずっと音程不安定。ミス多し。
全体で自分で気づくミスが6つ以上はあった。
あっても1つか2つじゃないとねぇ。
受験者は、20人。ミスが少ないに越した事はない。


しっかし不思議だ。

楽屋に戻って、もう一度出だしを弾いてみる。
「ミレーレッレレッレ
レーッファラッファ」
ほら普通でしょ。弾けるでしょ。
本番直前も普通に弾いてたでしょ。

楽屋と試験会場のホールの距離、たったの5メートル。
5メートルの間に、一体何が起きてしまうのか。


カフェで借りてきたフロイトの本。
大変面白かった。今朝起きても感動サメヤラズ
顔も洗わず、枕もとのその本を、開いて
もう一度読んだりして。偉大な人物。

体と心の話し。
「緊張」に関しても、解決のヒントが
あるかも。あまりに面白かったので
ノートにまとめてみよう。


今日の言葉*
「住みにくき世から、住みにくき煩いを
引き抜いて、有り難い世界をまのあたりに
写すのが詩である、画である。
あるは音楽と彫刻である。
こまかに云えば写さないでもよい。
只まのあたりに見れば、そこに詩も生き、
歌も湧く。着想を紙に落とさぬとも
キュウソウ(漢字が出ない。涙)の音は
胸裏に起る。」
(夏目漱石「草枕」より)

そうなんだよね。「まのあたりに」なんだよね。
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# by yurunikki | 2007-01-18 11:05

さちおりん(寒々)

兄が妹を
妻が夫を
殺害して、切断して、捨てる

なんて…。


今日もまた茨城で遺体が見つかったようだ。

どうかしてる。
ほんと、どうかしてるよ。


悲しいとか恐ろしいとか
そういう感情を飛び越えて、
ただその状況に呆然としてしまう。

一番恐ろしいのは
「どうかしてる」という感情が
無くなってしまうことだ。
慣れてしまうことだ。

何が大事で何が大事ではなくて
何が美しくて何が美しくないのか
分からなくなってしまうことだ。


どこへ行ってしまうのだろう。
日本は。心は。

ここ10年で日本が、得てきたもの
それと共に、失ってきたものは
あまりに大きい。あまりに急激に
いろいろが、変わり過ぎた。

今の、そしてこれからの若者に
音楽は、心に響くのだろうか??




昨日は、最後のお仕事で、
それはそれは沢山の人と、ハグしてお別れをして
何だかとても疲れた。やっぱり別れはつらい。
毎日顔を見ていたから、家族のようなものだ。


何かに属するということ。
家族、学校、会社、オーケストラ…

何かに属するという居心地のよさと
何にも属さないというある種の強さと。

とはいえ、人間はいつでも
孤独な生き物なのだろうなと思う。


今日も気温10度。
地球もどうかしてる。



今日の言葉*
「貴方が生まれたとき貴方は泣き、
貴方の周囲の人々は喜んだ。
貴方がこの世を去るときには
貴方の周囲の人々が泣き、
貴方のみ微笑むように。」
(インドのことわざ)
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# by yurunikki | 2007-01-12 02:06

さちおりん(一次の壁)

確かあれは先週の木曜日。
朝起きて携帯をつけたら、
メッセージが。オーディションの招待のようだ。
慌てて電話をしてみた。

「セカンドヴァイオリンのトップの
オーディションですが、どうですか?
おかしい事に、今日あなたの申し込みが
届いたのですよ。(クリスマス前には
出していた。クリスマス周辺はポストが
混乱しているのかな…)」
「はぁ。。。(←まだ寝ぼけてる。)
それはどうも。嬉しいです。
…で、いつですか?」
「それがね、次の月曜日!」
「え…」

そもそもその時間には
シンフォニーコンサートのリハがある。

あまりに急な話しだし断ろうかとも思ったが、
目の前にあるチャンスは、全てトライしよう
ということになり、リハの事は、ここの事務所の
人とも話がつき、今日受けてきた。


私にとって前代未聞の
「5時起き」「17時帰り」。
なんとも濃厚な1日だった。
暗いうちに家を出かけるなんて。
早朝の駅に、あんなに人がごった返しているとは
シラナンダ。私がいつもぐっすり寝ている間に
ああも齷齪(あくせくってこう書くのですね。驚)
世の中は動いているのですね。


36人招待したらしいが、14人だけ受けに来た。
一次はお決まりのモーツァルトの協奏曲。

ずっと越えられなかった一次の壁。
ついに突破。やったー(^^)
4人が2次に。

ロマン派の協奏曲は無く、
オケスタ(オーケストラスタディ。
実際のオーケストラの曲の抜粋)

ドンファン
フィガロ 5番
ブルックナー


ドンファンの出だし、きちんと集中しないまま
始めてしまった。もう一度弾き直せばよかったな。
兎に角、オケスタをあの大人数の前で弾くという
寒々しさを思い知った。ぞぞぞ。
自分の音が、内から湧き出なくて、
勝手に外から出て行ってしまった感じ。
音が手中にないというか。
よくないミスが目立ったし、音程も悪かった。

案の定、2次で敗退。
2人が先へすすんだ。

残りのオケスタ。

魔笛
売られた花嫁


長い議論の末、次回のシンフォニーコンサートで
ausprobierenしてそれでよければ1年契約で、
(つまり、お試し。)
結局スイス人が決まった。
スイス人の彼は、昔ユースオケで一緒に
弾いたことがあった。
2メートルくらいはある彼は、
「僕らは、一番大きいヴァイオリニストと
一番小さいヴァイオリニストだね。」と。笑。

もう1人のヴァイオリニストも
加わり、3人でマクドナルドで軽く食べてから
ケルンまで旅は道連れ。楽しかった。


毎回そうだが、私、オーディション楽しみすぎ?
笑。



何はともあれ、最近少しずつ掴んできた
自分の中での感触や変化、ヴァイオリンとの距離も
いい形で出せたし、受けに行ってよかった。
オケスタは、まだまだこれから…。
こつこつ弾き貯めないとなぁ。


帰ってきて19時からブルックナーのリハ。
フランクフルトの指揮者らしいが、
とてもよさそう。

あの常に、耳が開いている感じ。
音楽の大きさ。


ブルックナーは初めてでまだよく掴めないが、
兎に角音程が難しい。そしてきっととても大事。
調合が多いのと、ポジションが中途半端…。
練習しなくては。。。。


今日の言葉*
「面白いものはこの世界にいっぱいある。
キレイなものや、まだ出合ってないかも
しれないけれど、いいこともいっぱいある。
それを子どもたちに伝えたい。ただそれだけですね。
映画の中じゃない。映画の向こうにいっぱいあるんです」
(宮崎駿)
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# by yurunikki | 2007-01-09 06:46
日々思いついては消えていったり
日々他からもらってはためていったかけらを、
たまに書いていこうかなと。

本日3回目の試み。

基本的にごちゃごちゃのメモなので、
あしからず…。
ごちゃごちゃが、いつかどこかで
繋がったりしたら面白いなぁ~



◆最後の音の処理

◆音の終わり=音の始まり

◆螺旋の世界 
 直線の世界
 
◆どうしても通らなくてはいけない関門を
 すすんで見つけて、すすんで通ろう

◆ある法則→確かな鉄則
◆禁忌をみつける
 ↑質より量。

◆体は借り物。
 音を思うと、指が「そこへいく」感じ
 
◆いつでもどんなときでも
 指先は柔らかく

◆弓が楽しく踊っているように
 弦が楽しく震えているように

◆player→→musician→→→artist
 演奏家→→音楽家→→→芸術家

◆全てを分かりきったような
 ことを言わない
 顔をしない

◆自然界のものは、いつも曲線

◆音も音楽も、nature

◆弦/弓を下に押す(重さ)⇔離す
 →指→手→腕

◆分かる→分からせる
    ↑uebertreiben

◆左も右もぶらさげる

◆指も腕の重みで

◆あることが、意味をもつようになる瞬間
 ある音が、音楽になる瞬間

◆人に不安をぶつけない
 人に不満をぶつけない
 人に愛情をぶつけない

◆首のうしろからへちまが二つ
 ぶらぶら感

◆へちま(腕)を揺すると、つる(指)が震える
 →ビブラート
(×つる→へちま)

◆楽器の角度

◆1点 点、
 2点 線、てんびん、対極、
 3点 形、三角、円

◆元の弓の角度、E線の弓の角度

◆ONとOFF あるかないか 1かゼロか

◆急でなく、小さくなく、注意深くなく

◆柔らかいもの(弾力のあるもの)を
 扱っている意識、触っている感覚
 弦、弓の毛、弓の木、指、腕、体

◆キャラクター、フレーズ、強弱(×急)

◆耳が常に開いている感覚

◆tuttiで弾いているように
 コンマスで弾いているように
 初見で弾いているように
 室内楽を弾いているように
 ソロを弾いているように
 弾いてみる
 
◆ものの、ものごとの、仕組みを知ること       
 知識を蓄えること→知恵にすること

◆リズム、メロディー、ハーモニー

◆楽譜     花
 楽器     クレヨン
 沈黙     白い画用紙
 耳      目
 聴くこと   見ること
 
◆目 見る 
 耳 聴く
 肌 触る
 舌 味わう
 鼻 嗅ぐ

◆和音構成音(軸、柱)と
 そうでない音(中身、壁)

◆同価練 土をならして平らにする作業

◆創造的?労働的?職人的?芸術的?

◆ここだけは譲れないというところを
 見つけること、わざと作ること。
 (→そこ以外が上手く脱力できる→点と線)
 全部を全部歌わない。弾かない。
 メリハリというもの。
 負けるが勝ち論

◆早寝早起き
 
◆弓滑らない

◆同じスピード×

◆自分の心を裸にする→人の心を裸にする
 
◆人と自分を決して比べない

◆Happyであること躍っていること
 →心、体、楽器、弓

◆「立体的に」? 音程、フレーズ、

◆大事なことは小さく言う
 大事なことは小さく歌う

◆3回目;次へ

◆大事な音の一つ前の音がほんとは大事

◆タイミング、間のとりかた

◆自分で自分を愛さない
 自分で自分に満足しない
 自分で自分を否定しない

◆あることを、ものにできるまで、ガマン

◆ドア静かに閉めること
 カバンをきちんと閉めること
 
◆自信

◆弾くことにとらわれない

◆休符なし練
 
◆元と先で同じ音、どこでも同じ音

◆鎖骨にぽんと乗せる 肩で優しく抱く

◆できないところだけさらう

◆何度もさらう(反復)

◆左右を分離して練
 左だけの問題?右だけの問題?両方の問題?

◆「真剣(命がけ)」さ
 練習と本番 薙刀で勝負しない

◆必死ではなく、本気

◆こだわること、理由がいえること、前向きなこと
 (つんく)

◆点→保つ→線
 じっと保つ感覚

◆人を納得させる←自分が納得する
 人を楽しませる←自分が楽しむ?

◆特別なことを考えるよりも、
 普通のことを行う

◆生活習慣の大切さ
 礼儀の大切さ
 
◆知らぬが仏?知らぬは悲し。恥ずかし。
 気づくこと
 気づくか気づかないか

◆伝えたい気持ち 

◆感動できる心でいること

◆あっぱれな演奏
 降参する演奏
 脱帽する演奏
 
◆「スタンダート」を身につける
  古典(時を経て残っているもの)を
  読む、見る、聴く、弾く

◆毎日音階
 毎日何か新しい曲
 毎日バッハ一曲
 
◆たった今書き上がった曲を弾いている感覚

◆楽譜をシンプルに音にしていく作業
       +
     感動、感情
     
◆レパートリーを増やすこと
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# by yurunikki | 2007-01-08 00:53
1年半お世話になった歌劇場とも
今日が一応お別れの日。
来週、シンフォニーコンサートがあるが
劇場での公演は、契約上は最後のお仕事。


この1年半で何を弾いたかな…



●オペラ


ワーグナー   ニーベルングの指環
         ラインの黄金、
         ワルキューレ、
         ジークフリート、
         神々の黄昏
  
モーツァルト  魔笛
        コジ・ファン・トゥッテ
        後宮からの逃走 
        イドメネオ

ヴェルディ   リゴレット
        ドンカルロ
        トラヴィアータ(椿姫)

ショスタコーヴィチ マクベス夫人

プッチーニ   ボエーム

ビゼー     カルメン

フンパーディング ヘンゼルとグレーテル

シュトラウス  こうもり


●Singspiel

Ralph Benatzky in Weissen Roessel


●オペレッタ

レハール    微笑の国


●バレエ

チャイコフスキー 眠りの森の美女
         くるみ割り人形

?        ドンキホーテ


●ミュージカル

Jerry Herman   La Cage aux Folles



やはり一番心に残るのは、ワーグナーのリング。
4曲を一度にできた経験は、かなり有り難い。
初リハーサルが神々の黄昏だった。
捲っても捲っても終らない+ますます黒くなっていく
譜面に、目をまん丸くして、「オペラって
こんなに大変なのだ」とため息をついた。笑。
17時に始まり23時に終演後、打ちあがり、
卓球を3時までし、さらに5時まで二次会。
流石に疲れがピークに達して、目が開いてるのか
開いてないのか分からないような私をよそに、
周りの団員さん達は何故かますます元気になっていく。
「オペラってこんなに体力がいるのだ」と
またまたため息をつく。笑。


モーツァルトは、オペラを弾いてみて
ますますモーツァルトらしさというものが、
好きになった。

ショスタコーヴィチのオペラは、
恥ずかしながら、知りもしなかったが、
素晴らしい作品だった。

ボエームは、やはり最高。
プッチーニの作品、もっと弾きたかったなぁ。

ヘンゼルとグレーテルは、ドイツのクリスマスの
雰囲気と一体となって、味わえた。
訪れた沢山の子供たちのきらきらした顔が
忘れられない。

リヒャルト・シュトラウスが
一度も無かったのは、とても残念だ。


何かといつもどこか抜けている私。
忘れもしない初本番。
やや緊張の面持ちで、1時間前には
劇場に到着。指ならしもきちんとして、
準備播但!さあ本番前20分。着替えようと
したら…本番服を家に忘れたことに気が付いた。
冷や汗タラタラもいいところで、慌てて
タクシーで家に帰ろうとする私を、
その只ならぬ形相に気づいた団員さんが
引き止める。事情を話すと、
「あらそう…。うーん、きっと誰か
 あなたが着れるようなものも、持ってるわよ。」
と。あの時の落ち着いた対応は今でも忘れられない。
もし家に帰っていたら、初本番にして遅刻していたに
違いない。汗。


あと、失敗談といえば、ワーグナーの「ラインの黄金」。
リハーサル無しのぶっつけ本番だった私は、
それが一幕モノ(休憩無し)だとは知らなかった。
捲っても捲ってもなかなか出てこない
「Pause(休憩)」の文字。

トイレ=========


オモラシ事件には至らなかったものの、
なかなかあれも忘れられない本番だった。



ぶっつけ本番といえば、
コジファントゥッテもそうだった。
モーツァルトのオペラは、一音一音の処理に
他の作品よりも、神経が集中する。
心身共に、くたくたになった本番。

考えてみたら、始めのころに比べたら
随分脱力ができるようになったように思う。
(逆に、脱力してないと、6時間は耐え忍べない。。。)

歌からも沢山のことを学んだ。
「歌のように弾く」というのは今でも
目指したいもののひとつ。

特にワーグナーでの、あの、
オーケストラが一体となって、
大波に乗って、浮かんでは沈み、離れては近付いて
無限のエネルギーを生むあの感覚は、
忘れれらない。あれを味わってしまったら、
やはりオーケストラは止められない。

中低弦の音の豊かさ深さ、音楽の作り方
持って行き方は、何よりの勉強になった。


やっぱり、オーケストラはいいなぁと
つくづく思えたこの1年半。
いつも明るく、冗談が大好きな同僚たちにも
恵まれとても充実した時間だった。

心からの感謝。


さてと…お次はどこへ?



今日の言葉*
「人格を樹木だとすれば、
名声はその影のようなものだ。
その影は樹木について私達が考えたものだが、
樹木は樹木そのものだ。」
(リンカーン)
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# by yurunikki | 2007-01-08 00:50

さちおりん(謹賀新年)

世界中のみなさま
あけましておめでとうございます。

みなさまにとって、この一年が
健康と幸福に恵まれた
より一層素晴らしいものになりますように!


2006年は、おかげさまで
沢山の人と運に恵まれて支えられて
実り多き年となりました。

私のなかでの変化といえば、
ずっと遠かった、近付きたいからこそ
離れてしまっていた、ヴァイオリンと自分との
距離が、近頃だんだん近くなっている気がして、
嬉しい日々です。弦楽器の面白さが
今頃になってやっと少し分かってきました。笑。


どんなときでも、音楽はそばにいてくれて、
どんなときでも、それを自分で奏でられる
それは、とても幸せなことなんじゃないか、
一生をかけて育んでいけるものに、
音楽に、出会えてよかったと思う今日この頃です。


「夢は大空に努力は足元に(byイチロー)」
日々また精進していきたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。




久しぶりに日本へ電話。

母親の一言が強烈でした。
「いつでも心に太陽を燃やしていてね。
自分に負けちゃだめよ。」


太陽ですかっ。めらめら燃やしてまいります。



大晦日は、3時と7時の二回本番。
計6時間もオケピットに。
流石にくたくた。
それでも、友人宅で年越しパーティー
ということで、参列。15人+わんちゃん1匹で
2007年を迎えました。
家路についたのは、午前4時。
元旦は、くるみ割り人形。

明日は、午前中はトラヴィアータのリハに
夜はイドメネオ。

お正月くらいは、
炬燵に入ってぬくぬくしたいものですが、
そもそも炬燵がありませんので。。。

それにしても、異常気象。
今朝気温計をちらと見たら、10度。
アルプスでは過去1300年で
一番の暖冬ということで、雪不足が
深刻のようです。地球はどうなってしまうのだろう。




本年のことば*
「泥の中に咲く蓮の花。泥は汚く花は美しい。
しかし、泥も花も現実である。ならば、この両方を
肯定しなくてはいけない。そこに人間としての強さが
出来てくるのだ。自分がこの世に生きるという、
事実に対して自信を持ち、生きがいを感じるには、
全てを肯定したほうがいい。映画で言うと
美しい蓮の花を描くことによって泥の存在を
知らせる方法があるのだと思う…
恥ずかしくない映画を撮りたい」
(小津安二郎)

恥ずかしくない演奏をしたいものです。
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# by yurunikki | 2007-01-02 08:38
今日は、ヘンゼルとグレーテル。
23日ということもあり、クリスマスの
お決まりの演目で、超満員のお客様。
たくさんの子供たち。
キラキラした目に、こちらもわくわくする。

子供が何かをじっと見入るときの力ってすごい。
「じぃーーー」っと見つめるその視線が、
何百と舞台に注がれている、独特のエネルギーが
弾いているこちら側にも伝わってくる。
ありがとう、子供たち。

何度弾いても、いい曲だ~
幸せ^^

考えてみれば、ここで弾くのもあと
2週間ほど。ひとつひとつ味わおう。


終演後は、いそいそとクリスマス市へ。
11月の終わりから開かれていたこのMarktも
今日でおしまい。もうみんな故郷へ
帰ってしまったのか、人は想像以上に
少なかった。Spiessbratenを頬張り大満足。
たれが肉にしみこんでいて柔らかい!
あまりに大口を開けて、嬉しそうにもぐもぐ
食べていたようで、すれ違う人々に
「よかったわねぇ、おちびちゃん!!」
という目で、じっと見られた。笑

グリューワイン(香料入りの温かい赤ワイン)を
片手に、団員さんと合流。
ミヒャエルが、嬉しそうになにやらカードを
持っている。一杯飲んだらシールをもらえて
それが10個集まったら、一杯プレゼントというもの。
なんとそれを4枚も持っているではないかっ!!
40杯も飲んだのね。。。
すごいです。
1.5ユーロ×40=60ユーロ!!
…すごいです。

全ての屋台のグリューワインを試したようで、
「ここが一番うまいんだ」と教えてくれた。
もはやグリューワイン博士。
ブラボー。

グリューワインは、甘くて温かくて
…つまり、大変酔いやすい飲み物。
お酒の弱い私は、どうしても一杯全部を
飲みきれない。
修行が足りない。


「よいクリスマスを!」と
皆お互いに言い合って家路についた。
そのやり取りや、
このなんともいえない雰囲気は、
「よいお年を!」と繰り返す
日本の大晦日にそっくり。


皆様、メリークリスマス(^^)!





今日の言葉*
「われわれが進もうとしている道が正しいかどうかを、
神は前もって教えてはくれない」
(アインシュタイン 1879~1955)
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# by yurunikki | 2006-12-24 08:19
ベルリンで考えた色々なことの一つ。

「伝えたい気持ち」のこと。


私に足りないのはこれ。
演奏するというのは、例えば美しい花を見て
その美しさを、それを実際には見ていない人に、
どれだけ伝えられるかというのと似ていると思う。


伝えるにも色々な条件や方法や段階がある。

*条件は、
例えば美しい花だったら、
どんな色で
どんな形で
どんな大きさで
どんな香りで
どんなところに咲いていて
どんな状況だったのか、
雨に濡れていたのか、風に吹かれていたのか、
蕾が開き始めたところだったのか、
満開だったのか、散りかけているところだったのか。

例えばある音楽だったら、
どんなリズムで
どんなハーモニーで
どんな音で
どんな強弱で
どんな長さで
どんな高さで
どんな感情で
どんな温度で
どんな物語があるのか


*方法は、
美しい花だったら、
言葉で
絵で
身振り手振りで


ある音楽だったら
ひたすら音で


*段階は、
そのことを単に正確に伝える
そのことが相手に正確に伝わる
そのことに感動して伝える
そのことに相手が感動する
そのことが相手を感動させる


そして、大事なのは、
それを相手に伝えたいという気持ち。

もちろん、
独り言のように呟くことで、
伝えたいと思ってなくても、そこで
嵐のように怒ったり涙を流していることで、
相手にやたらと伝わることが
もしくは
相手が能動的に興味を示すことが
あるのも確かだ。

ただ、それは例外であって、
基本的には、演奏するということは、
ひとりの世界ではなく、相手があってこそ
成り立つ世界なのだろう。もちろん自分のために
演奏するという状況もあるが、少なくとも
人が聴いているときには、そうではない。

心の扉はいつでも開いていないと
いつでも公開にして
いつでも人が入ってこられるようにしてないと。
ドアの向こうで起きていることを
人が聴きたくても見たくても知りたくても、
そこに鍵がかかっているのでは残念だ。



考えてみれば当たり前の事だが、今まで
そういうことが自分に足りないのだと気づかなかった。
ヴァイオリンという楽器に対する苦手意識が
それを邪魔させたのかもしれない。


だからこそ
演奏するときに、ある意味子供になるのは大事だ。
子供が、母親に、今日あった出来事を興奮して
目をきらきらさせて伝えるように。

だからこそ
そのことに、自分がまず感動するが大事で、
そのことに、感動できる心であることが大事なのだ。


いくらすごいことが起きても
それに驚けなくては、意味がない。
いくら美しいものがあっても、
それを美しいと感じなければ、意味がない。


審査員であれなんであれ
伝えたい人が目の前にいるのだったら、
その感動を全身全霊で伝えなくては。


人に何かを伝えるというのは難しい。
発信する側と受信する側のズレというのは
必ずあるものだ。その人の気持ちが分かる
というのは、その一部分が分かるというだけで
全てが全て、分かるわけがない。
相手は自分ではないし
自分は相手ではないから。

私が思う本物は、音楽でも美術でも文学でも
「透明」の要素がある。
それだけに凝り固まってない美しさ。
それだけで、自己完結していない美しさ。
作者の手を離れて、そのもの自体が勝手に動き出す自由さ。
透明だからこそ、受信する側とのズレが生じにくい。
受信する側の範囲を広げるし、また受信によって
変化をし得る可能性の豊かさ。


伝えたいものが、
シンプルで透明であればあるほど
伝える人は、余計なことをしてはいけない。
伝えたいものそのものの持つ力を最大限に
引き出して、違うものに勝手につくりかえない。
だからモーツァルトは難しい。
何度も弾いてるとどんどん分からなくなる。
限りなくシンプルで美しい音楽だから。


作曲者と演奏者は立場が違う。

演奏者は、
美しい花をいかに正確に伝え
美しい花にいかに感動できるかが
大事なのであって
美しい花を見た自分自身を伝えるのではない。
伝え方がうまくいけば、
自分自身を伝えようとせずとも、
美しい花を通して、「自分自身」は相手に
自然と伝わるものだ。

なんて美しい音楽なんだろう
なんて美しい花なんだろう

自分自身が透明になって、
音楽そのものや、花そのものがそのまま伝わって
それに人が感動したとき、うまく伝わったと言えるし
それは同時に、その音楽に感動した演奏者の心に
その人が、感動したということにもなるのだろう。


アルゲリッチもクレーメルも
ひたすらその音楽に感動していた

私はその音楽に感動し
彼らの心にも感動した。

耳を開き続ける感覚というのも、
音楽=自分自身にならないために
絶対必要なのだ。


今や世界で大活躍のチェロのケラスは、
「伝えたい気持ち」があふれ出ている。
何であれほど人の心を惹きつけるのか、
ずっと分からなかった。あの人には、
伝えたい気持ちが
音楽そのものに感動する心が
尋常じゃないほどあるのだ。
そして勿論それを伝える方法も。




好きとか嫌いだとか
うまいとかへたとか
そういうレヴェルではなくて
やたらと伝わってくる演奏
巻き込んでしまう演奏
脱帽させてしまう演奏
一本勝ちの演奏

そういうのを沢山聴いて
こういうことを沢山思った。



今日の言葉*
花を与えるのは自然であり、
それを編んで花輪にするのが芸術である。
(ゲーテ)
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# by yurunikki | 2006-12-16 09:03